11
1
2
3
4
5
6
7
8
9
10
11
12
13
14
15
16
17
18
19
20
21
22
23
24
25
26
27
28
29
30
   

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

三十三石仏って何?

なぜ四王寺山の中に三十三石仏があるのか?

太宰府市誌を調べると、「寛政10年に福岡藩城下で大火等があったため、太宰府の華台坊良寛に相談して西国三十三所の土を集め寛政12年に札所を作った」とある。

市誌に載っている理由とは別に、この寛政12年というのは60年に1度の庚申(かのえさる)の年で、よく石仏などが作られたらしい。

また、1800年というのは江戸後期でお伊勢巡りや霊場めぐり(つまり観光)が盛んだったらしい。
その中でも1番歴史が古く人気があった西国三十三ヵ所にあやかってここ大宰府にも、33ヵ所巡りを作ったようだ。

また、すでに千手観音(19番札所・寛永17年1640年)があったのも、作られた要因の一つかもしれない。

これらの石仏を彫ったのは、博多の石松石材ということですが、調べてみると今もちゃんとありました。

ホームページの社史にも四王寺の三十三ヵ所に係わったとありました。
ちなみに石松石材は上呉服町で享保12年(1717)に創業、

あー\(◎o◎)/!、文字ばかりでなんかつまんないので先日行われた「古都の光」の写真を載せます。

国分寺の前で人通りも少なく、なかなか良かった。

P9230051 (300x400)

P9230052 (300x400)
スポンサーサイト

Comment

Secre

プロフィール

駱駝28号

Author:駱駝28号
太宰府市に○年振りに帰ってきた。(まあ、福岡県をぐるぐるしていただけど。)
情報やリンクは
ufufumura@yahoo.co.jpまで
秋月で店しています
http://月の駱駝舎.com/

最新記事

最新コメント

最新トラックバック

月別アーカイブ

カテゴリ

検索フォーム

RSSリンクの表示

リンク

ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード

QRコード
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。